少女は、眠い目をこすりながらベッドからムクッと立ち上がり、着ていたネグリジェを脱いだ。 静かな部屋の中、衣擦れの音だけが響き渡る。 窓から覗く満月の月に照らし出される彼女の体は、月明かりの作り出した肉感的な陰影によって、普段より大人に見える。 タンスから、チェック柄の可愛らしい洋服を取り出す。彼女の祖国、北欧の民族衣装を少し改良したものである。 「お嬢・・・どうしたんですかいこんな時間に・・・」 ベッドには女の子らしく、ぬいぐるみが3つほど置かれていた。どれもみな、パンダである。 その中の一匹が、突然言葉を発した。可愛らしいパンダの外見とつりあわない、おっさん声であった。 「時は満ちた・・・本郷、行くぞ」 「ついに動き出しましたか・・・お嬢、急いで支度を整えて行きましょう!」 本郷と呼ばれたパンダのぬいぐるみを抱き、銀髪の少女、ルビィ=トッディー=モアイは家を出た。 「びっくりしたぁ、カステル・デル・モンテだなんて。こんな高級なお酒、いつもこんな贅沢しないじゃない」 「27年分のお祝いだ。少しは奮発したっていいだろう」 平日の深夜12時では、いくら繁華街とはいっても人影はまばらだ。 アトレーユにも、客は金持ちそうな老夫婦と貴大たちの二組しかいない。 「その割には嬉しそうじゃないじゃない。なんかあったんでしょ?」 「別に。嬉しいぞ俺は」 「嘘つき。何年付き合ってるのよ。そういうのわかっちゃうんだから。爪いじってる時は嘘ついてるとき」 あっ、と小さな声を上げて、貴大は右手の動きを停止した。無意識に、左手の爪をいじってしまっていた。 「ねえ、話してよ」 「・・・新人が生意気な口を聞いてきて、腹が立ってるだけだよ。」 「仮面ライダーのこと話したんでしょう?」 「おう」 「・・・チーフ殿〜、それは馬鹿にされますよ〜」 スピカはやさしく笑う。時々、貴大が彼氏ではなく、弟か息子のように見えることがある。年上なのに、そんなかんじがしない。不思議な人だ。 「とにかく、こんな時にムスっとしてるのは良くないなあ。せっかくの幸せな日にもったいないよ。すまいるすまいる!ニーッて」 「なっ・・・」 貴大はグラスを口につけて、固まってしまった。 「なに、ちょっとどうしたの?」 「お前・・・同じこと言うなよな・・・」 スペラーレ地上17階。そこはゲスト用の個室となっている。 と言っても、明日のお披露目会に出席する日本中のVIPたちによって一人部屋は貸しきられており、裕也、トイレ、テンシンたちは同じ部屋に泊まっていた。 深夜1時半。裕也の穏やかな寝息と、トイレの耳障りないびきが部屋中に立ち込める中、2人が完全に寝ているのを確認し、部屋を出ようとする男がいた。テンシンである。 テンシンは小声で熟睡する2人に声をかけた。 「ここまで連れてきてくれてご苦労様。みなさんといた日々、なかなか興味深い体験でしたよ。」 そう言うと、彼は窓のところまで行き、カーテンをそっと開ける。 17階ともなると、渋谷の街が一望できる。第4東京タワーのブルーのネオンが、街を染め上げている様は美しかった。 東京の人工物にまみれた景色には、ハッとさせられることがある。 一見無秩序に並んだ高層ビルが、計算しつくされたオブジェにさえ見える。 夜のきらびやかな街にいると、このままどこへでも行けるような、どこへも行けないような、そんな気がしてくる。 こうして街を眺めていると思う。東京には空がないというが、東京は見上げる街ではないのだろう。きっと、見下ろす街なのだ。 エレベーターで地下の微昆研まで行く。途中の赤外線センサーは、メンソールのタバコの煙を吹きかけて回避した。 研究所内には、簡単に進入することが出来た。 「さて、さっさと頂いて帰りましょうか」 監視カメラが回っている可能性を案じて、電気はつけないで貴大のコンピューターまで近づく。 「パスワード・・・『masked rider project』。フォルダ・・・『仮面ライダー大全集』・・・くだらない、こんなところにまで趣味丸出しですか。」 コツン・・・ 足音がした。 コツン・・・コツン・・・ 「だ、だれです!」 研究室に誰かが入ってきた。コンピュータの画面に見入っていたため、明るさになれた目が暗闇の中を上手く認識することが出来ない。 コツン・・・コツン・・・ 誰であろうと、ここにいることが発覚すれば自分はただではすまない。もし上手く逃げることが出来たとしても、本部に戻れば処刑されてしまう。 テンシンがとる行動は、一つしかなかった。 パーン!パーン! 足音の聞こえる方向に、隠し持っていた22口径の銃から2発の弾丸を発射した。 ・・・・・・うめき声も、崩れ落ちる音も聞こえない。どこだ、どこへ消えた!? 「テンシン、こんなところでなにやってんだ?」 いつのまにか、足音の主は背後にまわっていた。テンシンは慌てて振り向いた。 暗くてはっきりとは見えないが、そこにいるのは紛れも無く、トイレ・エクスタシーだった。 「ト、トイレ・・・」 「そのコンピュータ、ロクスタ・ジェンテシステムの設計図だよな?」 トイレは、コンピュータに気づくと、設計図のファイルを端から次々に開きだした。 「テンシン、こんなことしていいのか?こいつは1,2年の懲役じゃすまないかもねぇ」 「くっ・・・」 「つーことはあれか、君は企業スパイだったわけだな。全然気づかなかったぜ俺は」 「・・・私をどうする気です、トイレ」 「どうもしないよ、俺たちトモダチだろ?」 トイレはコンピュータに熱中している。テンシン、もとい、香港企業スパイの李点心は、トイレの背後に立つ格好になっている。 今、目の前のトイレを殺せば、誰にも気づかれずに設計図を持ち出すことが出来る・・・! 点心は、トイレに気づかれないようにこっそりさっきの銃を構えた。 「友達・・・そうですね。なら・・・友達のために死んでください!」 一瞬のことだった。 トイレの腕は人間のものの5倍は膨れ上がり、点心の顔を今にも握りつぶすような強さでガッと掴みかかった。 銃を撃つ間もない、早技だった。 トイレはその片手だけで点心の身体を持ち上げ、点心の足は宙を漂う形になった。 「グッ・・・グアッ・・・やめっ・・・」 「残念だな。トモダチに銃を向けるなんて、もう俺たち絶交だよな」 トイレの体が、人間のそれとは別のものになっていく。 腕は肥大化し、口は裂け、2本の角が生え、眼球が飛び出ると奥から出てきた別の赤い目玉に入れ替わった。 「い、いたい・・・っ、お、おまえ・・・だ、れっ・・・」 やがてトイレの体は、この世の生き物のどれにも分類することの出来ないものに変わった。 しいて言えば、バッファローと人を融合し、それに悪魔を足したような姿・・・ 「俺か?俺は銀河統一帝国軍ビエルのトップビエリスト、トイレ・ビルバンテ。お互い身分を隠しての学園生活は大変だったな」 最初はジタバタさせていた足が、動かなくなる。闇の世界に生きる人間として、点心は死を覚悟した。 「ここまで連れてきてくれてご苦労様。キサマといた日々、ヘドが出るほど退屈だったよ!」 頭部を握っている獣の手の力が強められていくのにつれて、点心の顔が変形していく。 「う・・・うおおおおおぉぉトイレェェェェェェェェ!」 クチュッという音とともに、点心の顔が粉砕された。 「さて、あとはあのベルトを奪うだけか・・・」 トイレは、ベルトを祀るように囲んでいる強化ガラスを叩き破った。 するとそれに反応したのか、研究所の明かりがつき、警報が鳴り響いた。 遠くから、警備員が大挙して押し寄せてくるのが足音でわかった。 カチャカチャ鳴る金属音からして、おそらく武装しているのだろう。 「何人でも来い。ベルトを手に入れた俺は、まさに無敵だ!」