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2008.04.15 (Tue)

試験曲決定!そしてレッスン 

翌日、意を決して平賀寿子先生にお話することにした。

何事も素早く行動される先生なので、この決心を伝えれば急ピッチで話が進むことは

想像できていた。

 

案の定、「だから私が前から言ってたじゃない!やっとその気になったのね」と

おっしゃり、私より先に入試の日程を調べ、それに合わせての渡航時期の決定、

日本にいる間に見て頂くドイツ語の先生の手配や、ウィーンに行ってからの住まいのことまで

今、考えなければならないあらゆることを指示して下さった。

 

”留学って何からすればいいのかしら・・・?”なんて、呑気に構えている場合では

ないのだと、はっとさせられた。

 

そして先生はイョルク・デームス先生のお弟子さんでもあるため、

ちょうど来日されていたデームス先生のスケジュールを調べ、

なんとか空き時間に私のレッスンを入れて頂けるように手配して下さった。

 

  

 

入試は6月末だということが分かった。入試に必要なプログラムは、ちょうどその頃

平賀先生とお勉強していた曲が使えることが分かり、とてもラッキーだった。

 

バッハ 平均律第2巻より H-dur

ショパン エチュード Op.10-4

ベートーヴェン ソナタOp110 As-dur

ショパン ポロネーズ「幻想」

ラヴェル 「夜のガスパール」よりスカルボ

 

16歳から受験資格のあるこの大学では、年齢が若いほど有利だという傾向がある。

若いほうが柔軟に吸収し、また修正の余地もある。将来に期待できるというわけだ。

すでに4月で25歳を迎えていた私には、ある程度難しい曲を用意しないと太刀打ちできないという

平賀先生とデームス先生の戦略を踏まえての選曲だった。

 

 

平賀先生のおかげで、デームス先生には3,4回レッスンして頂くことができた。

デームス先生は一瞬の油断も許さない完璧性を求める先生で、

その上に試験用のレッスンということで、それはそれは厳しいレッスンだった。

私にとっては本番よりよっぽど緊張するのだが、

そのおかげで、演奏に対しての精神的な鍛錬につながったことは間違いないと思う。

 

 

 

 そして、ウィーンに行ってからはエフラー先生に見て頂けるというお約束を頂いた。

エフラー先生とのご縁についてはまた次回ご説明するとして、

とにかく日本では平賀先生とデームス先生に、ウィーンではエフラー先生に

レッスンして頂けることになったのは本当に幸せなことだった。

 

 

こうして試験に備えてのレッスンに心配がなくなった。

あとは私が先生方についていけるかどうかの問題になった。

 

 

 

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