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2008.04.22 (Tue)

素晴らしい出会い 

こうして留学が実現に向かっていった背景には、2000年秋に受講した

ウィーンのセミナーが大きく関わる。

 

2000年秋といえばちょうど卒業して半年ほど経ったところで、私自身

将来への焦りを感じていた。

ぶらぶらしているよりはいいだろう、と軽い気持ちでウィーンに行くことにし、

そのセミナーでレッスンして頂いたのが、後にお世話になるエフラー先生だった。

エフラー先生のレッスンはとても興味深かったが、正直この時には先生のおっしゃる意味が

100%理解できなかったところをみると、いかに未熟だったのかわかる。

 

そして大親友でピアニストの根岸弥生ちゃん(以後弥生と呼ぶ)とはここで知り合った。

彼女は16歳という若さでこの秋からウィーン国立音大に入学し、エフラー先生に

師事しているということで、注目の的になっていた。

「若いのにすごいね。よろしくね!」と言って連絡先を交換したことが、私たちの

交友のきっかけとなった。

 

 私はセミナー後も相変わらずの生活を送っていることに不安を感じていた。

勉強したいといっても、学生の時に師事していた先生方はとてもお忙しく、

卒業生である私のレッスンなどお願いできる雰囲気ではなかった。

新しい先生を探さなければ、と思っていた時に弥生に紹介してもらったのが

平賀寿子先生である。

 

平賀先生のレッスンは私にとって斬新で、刺激的だった。

先生の一言一句に影響され、変わっていく自分を感じていた。

そして、そんな平賀先生にデームス先生を紹介して頂き、その音楽性にすっかり虜になってしまった。

 

こうして2000年秋のウィーンセミナーを受講したことで、エフラー先生、弥生、平賀先生、

デームス先生という新たな素晴らしい出会いがあり、私の中で留学への夢が

次第に大きくなっていったのである。

 

 こうした経緯を踏まえて話を2002年4月に戻したい。

 

出発の日が5月15日に決まった。

入試は6月末だが、早めに行って生活に慣れたほうがいいという、平賀先生の計らいだった。

 

すでに留学していた弥生に連絡すると、私のウィーン行きをとても喜んでくれた。

 弥生の話によると、エフラー先生は2年前のセミナーであるにもかかわらず、

私のことを覚えていて下さったようだ。

この年は、先生の新入生枠に2人分の空きがあると聞いていた。

先生方には生徒の定員がある程度決まっていて、誰かが卒業しない限り新しく

門下生にはなれない。2人分も空きがあるなんて、珍しいくらいだった。

 

これはチャンス!とばかりに、早速エフラー先生とコンタクトをとり、

なんとか最初のレッスンの日程を決めて頂けたのは、間に入ってくれた弥生のおかげである。

 

こうやって素晴らしい出会いと支えがあり、着々と準備が進んでいったが、

困った問題もたくさんあった。

 5月15日出発。私、間に合うの・・・?という心境だった。

 

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